2022/01/18 13:59
じきの畑では化学的な農薬・肥料は使用していません。
その理由の第一には自然との共生をするため、自然環境に負荷をかけない生活を送るための手段として「農業」を一生の仕事に決めたことが挙げられます。
第二に収穫された葡萄でワインを醸造して感じた事。それは多様な菌類が存在することの重要性、いかに菌たちが畑で色々な仕事をしてくれているのかという事です。その菌たちの多様性を守るために、大きな影響を及ぼすような化学的な殺菌剤(化学農薬)の使用に非常に懐疑的になっていることが挙げられます。
そもそもで菌類は私たちの生活に密接に関係しています。私たちの皮膚や消化器系の表面保護や食品の製造、または汚泥の浄化などなど上げればキリがないくらいです。農業にも密接に関係していて、枯草菌やボーペリア菌(冬虫夏草を作る菌です)などは無化学農薬として使用されています。
「除菌!除菌!」と騒がれて久しいですが、菌の絶対数を減らしたところで、環境次第で逆に菌の増殖に拍車がかかるかもしれません。もしかしたら「悪」とされている菌たちと一緒にある種の良い影響を与えていた菌たちが除菌されることで、より深刻な問題が表出するかもしれません。目に見える世界のことだけに注視するのは危険だなと私自身は思っています。むしろこの世は、私達からしたら黒子的な存在かもしれませんが、菌類による目に見えない世界が目に見えている世界を支えていてくれているのでは?と畑を通して感じることさえあります。
私の中で何となくですが、現代の農業は効率的、費用対効果の向上を目指す上で”力でねじ伏せるような”イメージがあります。有機は受け流すというか、色々な環境要因を取り込んで包含的にうまく”協調”してやっていくイメージです。
話をワインにします。
野生酵母でワインを造ると、稀に酵母が活発に働いてくれなくて発酵途中で菌たちがアルコール代謝をやめてしまう事があります。この状況はワイン醸造では相当に危険で、私たちは「スタック」と呼んでいます。添加物や培養酵母を使うのならば、このような危険性はとても小さいものになりますが、「じき」ではそれらは使用しません。
個人的に感じている醸造中にスタックする傾向は幾つかあるのですが、その中に菌類が影響しているのではないかと思うものがあります。
スタックが起こる理由として感じるのは、1つ目に品種、2つ目に葡萄が栽培された土壌栄養素、3つ目に病果率、そして4つ目に慣行か有機(もしくは減農薬)かです。
この4つ目なのですが、今まで小仕込みを含めると結構な数の仕込みを経験させてもらってきましたが、過去スタックしたものの多くは慣行栽培のものでした。2つ目に上げた土壌中の栄養素は問題なく、YANと呼ばれる菌の餌(酵母資化性窒素)の量、チアミンを始めとした微量元素(ビタミン類)の含有など発酵を進める上での葡萄ポテンシャルは申し分ないものです。また、3つ目に上げた病果率も極端に酷いものではありませんでした。しかし、スタックが起こってしまうのです。
ワインを造るときに野生酵母を使う場合、その発酵の元は蔵付きの酵母、もしくは葡萄の皮に付着した畑から持ち込まれる酵母により行われます。ワインは日本酒(速醸元を使用しない日本酒)と異なり、生酛や山卸廃止元、そして菩提元など特に蔵付き酵母の力を借りる造りが無いため、蔵内壁からの落下菌が入り込む余地のある作業がありません。そのため発酵段階においては蔵付き酵母の影響はあまりないのかな?と考えています(樽発酵などは除いて)。なので、野生酵母によるワインの発酵は基本的に畑から持ち込まれた酵母菌の活躍で起こるものだと個人的には思っています。(ただし、野生乳酸菌や産膜酵母、ブレタノマイセスなど発酵が落ち着いた後に動くような、所謂ワインにとって悪さをするような菌達については蔵環境の清潔さも関係していて、それらが蔵に住み着いた環境でのワイン醸造は傾向として俗に謂うオフフレーバのニュアンスが出ます)。
2022年段階だと、またここから少し考えが変わりました。
ブドウの房に付着する菌は確かに多種多様であり、酵母菌、乳酸菌、酢酸菌等ワインの醸造で登場する菌もたくさんあります。ただ、最近読んだ文献によると高アルコール下でアルコール発酵を進められるサッカロミセス・セレビシエ自体は餌となる糖分が無い健全な房(傷ついて果汁が滲んでいない房)にはごく少量しか付着していないと云うことでした。そこで思ったのは、健全果を野生酵母で発酵させる場合に一番のミソとなるのは、房やマストが接するタンクや樽、プレス機に付着した菌だということです。これらの醸造機器には洗浄で落としきれなかった糖分を餌として繁殖したセレビシエが多く存在します。木樽は年輪の隙間や繊維など無数の孔が存在していて菌の住処となりますし、プレス機やタンクも一見きれいな表面だと思わせるのですが、溶接部分などボコボコと波打つような金属部分があります。そのような場所などはサニテーションを徹底的に行えば、取れる糖分もありますが、実際に普段の洗浄レベルだと取れていないことが多いと個人的には思います。なので徹底的にきれいに管理された蔵よりも、少々汚くしている蔵の方が発酵はスムーズに進む印象が強くあります。例えば、新しい蔵のファーストvtの仕込みで野生酵母で発酵させるとスタックし易かったりというのは非常によく聞く話です。一方で、病果については、果粒の表面が裂けていたりして、果汁が滲み出ていることがよくあります。その部分には、当然セレビシエが存在し、アルコール発酵→酢酸発酵が起こっています。ボトに罹患した果粒には健全果の果粒に比べ、1000000個以上の酢酸菌が付着していると云われる所以はここにあります。なので酢酸菌もセレビシエも沢山あるであろうボトの病果を使用して野生酵母で発酵させると順調にアルコール発酵が進みます(初期段階で亜硫酸を加えてやり健全なセレビシエによる発酵を促せば)
ただ、セレビシエ以外の多種多様な菌類も発酵段階で存在することは味や香りについて良い影響を出すことは大いにあると考えています。
そこで重要だと思うのが畑の環境(隣接する森や風の抜け方、菌を媒介する野生動物や昆虫など含め)が菌類にとって住み心地が良いのか悪いのか、多様な菌環境があるのかという事。そして菌類は適度な湿度と栄養素と多種多様な菌類の生活がお互いを支え合って形成しているという事。目指すワインにもよりますが、S.セレビシエ単一だけではなく多種多様な菌がゆっくりじっくり発酵を進めていくことが最終的に出来上がるワインにとっては良いことになるイメージがあります。そのため菌にとって住みやすい環境を壊してしまう化学農薬の使用は個人的な考えですが、発酵においても良い影響はもたらさないのではないかということに行きついています。
2023年段階で更に文献からの情報で2つほどスタックに関する原因かな?というものが出てきました。
1つは、キラー酵母の存在。これは酵母自身が生成してしまう毒素があり、その影響で細胞膜上のプロトンの移動(酸化的リン酸化の反応)が激しく起こってしまい死滅してしまうという現象です。このキラー酵母については、スタックしたワインの滓に存在しているものなので、大学等で分析してもらえれば、もしかしたら原因物質の1つとして同定できるかもしれません。
2つ目は、脂肪酸の存在です。酵母菌は増殖過程で出芽し、自身のクローンを増やしていきます。その過程で当然ながら、細胞膜やオルガネラなどの量を1→2へ増やす必要があります。その過程において長鎖脂肪酸(オレイン酸)の生成が欠かせません。しかし、長鎖脂肪酸を生成すると、その副産物として中鎖脂肪酸が生成されてしまうのです。この脂肪酸は脂溶性で、酵母の細胞膜にも浸透していってしまいます。これにより、先ほどのキラー細胞で酵母菌が死滅するのと同じように細胞膜上でのプロトンの移動が出来なくなるため、死滅してしまうのです。
これについては、添加剤として酵母菌の死滅菌体から作られる酵母細胞壁があり、これをワインに溶かすことで中鎖脂肪酸と細胞壁がくっつき、滓として沈んで行ってくれます。そのため、この脂肪酸による発酵阻害説については、今シーズンの委託醸造している人のワイン(おそらくケルナー種)で対照実験を行い、確認しようと考えています。
全体を通してですが、菌類は忌み嫌うものではなく、むしろ私たちの生活をより豊かにしてくれるパートナーだと思っています。じきの台所では、「味噌」「ニシン漬け」「パン」「白カビサラミ」等々本当に豊かな食生活を支えてもらっています。
ワイン醸造でも本当にお世話になっている菌たち。
今後もずっと仲良く一緒に生きていけたらなと思っています。
写真は自家製白カビサラミです。
冬の醍醐味。最高においしいです!!